普段帰りの遅い夫が、珍しくその日は早く帰った。手にはビニール袋を提げている。はい、と渡されて中を覗くと、ビニール袋の中には小さな魚がぎっしり入っている。
「魚、そんなにたくさんどうするの」
「飼おうか」
「だって全部死んでるじゃない」
「じゃあ食べよう」
そう言った夫の目はたしかにそのとき、ビニール袋の中の魚の目と同じくらい死んでいたのに、私はそれに気づかないふりをしたのだった。
(「タソガレ」冒頭より引用)
我々は生活のなかの違和感に「気づかないふり」をして生きている。違和感がない日が二日もつづくことなど、本当はありえないのだ。だからといって、いちいちそれにかまっていたら、からだがもたない。いつしか我々は違和感に「気づかないふり」をしていた事実を忘れてしまっているのだ。
――という想像を掻き立てる冒頭の短編「タソガレ」を、まずは必読。本屋・生活綴方で12ヶ月連続で無料で配布したショートショート「小さい本屋の小さい小説」12編が一冊に。
- 価格:800円+税
- 仕様 52ページ/リソグラフ印刷/中綴じ製本製本
- 装丁/装画 佐々木未来
- 企画/レイアウト 中岡祐介(三輪舎)
- 発行・印刷・製本 本屋・生活綴方