岩手に移住して、丸三年が経った。
三年前、東京都・中野区から、岩手県・町へ引っ越してきた。「移住で、人生が変わりました!」とキラキラした目で言うつもりもないのだけれど……やっぱり、人生は大きく変わった。これは認めざるを得ない。
はんこ作家の岩手生活。これは、東京から移住したはんこ作家が、田舎暮らしの中で野菜育てちゃったりしながら、はんこの制作に専念して、スローでていねいなくらしで自分を整え作風を確立していく話……でも書くのかと、我ながら思っていた。だけど一向に、そうならない。移住で人生が二転三転したと思っていたのに、その先にまだ四転も五転もある。四十歳を目前にしても、まだこんなにいろんなことがあるのか。
自分のやりたいことと、現実的にできることの折り合いをつけるのがいつまでも下手で、もがきつづけている。ものごとに優先順位があることはわかっているが、私の頭の中には「最優先」と「優先」しかなく、諦めきれずに二兎も三兎も追いかけてしまう。断ることも諦めることも苦手なままで、岩手生活は、東京での生活よりもはるかに忙しくなっている。私のスローライフ、どこ行った?
ひとまず三年暮らしてみよう、と決めたのは、現在の職務である「地域おこし協力隊」の任期が三年間だったからだ。今、その任期は過ぎたものの、コロナ禍の特例措置によって任期を延長した。そしてロスタイムの四年目もまだここで、働き続けている。暮らしてみると、三年は本当にあっという間だ。今思うと、これはあれに似ている。飲み会を終えて解散しようか迷っているとき、「最後に一杯だけ飲んでいこう」と入った二軒目が妙に居心地よくて、腰を下ろして飲み出しちゃうあの感じ。「一杯だけ」とか「とりあえず三年」とか、そういう誘い文句に弱くて、気づけばなんかこの人、思ってたよりいつまでもいるな。そのくらいの存在でいられるのが、一番心地良いのだ。
(まえがきより)
あまのさくや
絵はんこ作家、エッセイスト、チェコ親善アンバサダー。1985年、カリフォルニア州生まれ、東京育ち。青山学院大学卒業後、会社員を経て、絵はんこ作家に。著者に『32歳。いきなり介護がやってきた。—時をかける認知症の父と、がんの母と』(佼成出版社)、『チェコに学ぶ「作る」の魔力』(かもがわ出版)がある。現在は、岩手県・紫波町に移住し、「地域おこし協力隊」を兼務しながら、創作活動を続けている。
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本屋・生活綴方/株式会社石堂書店