2023年の5月に盛岡に行った。 その前年の12月に、かけ足で石巻から盛岡に行ったとき、町の雰囲気がとても良くて、橋から見える山の風景がうつくしくて、ずっと目に焼きついていた。
二回めには盛岡から花巻のほうに下る間にある紫波町に行った。仲間と何日も一緒にいた。思い出すのは、その仲間と歩いた夜のこと。街灯のないくらい道。ざくざくという足音。話したり黙ったり、くっついたり離れたりしながら、ひとりなら怖い夜道をみんなで歩いているのがとにかくたのしく、愉快だった。
『盛岡ノート』が店に届いて、そんな愉快な夜があったことをしばらく忘れていたことに気づいた。詩人・立原道造が1938年、岩手県盛岡市に滞在中の記録を綴ったテキスト。85年も前の盛岡の情景を綴った本。
だか 眼にうつる風景 それさえも 奇妙にあたらしく あざやかに とおい夢のなかで 見たもののように そのなかに 僕のからだがあるものでないように いま僕のまえに立っている はじめて 出てゆくここの町 それが 僕にまた どんな 変容を加えるだろうか
そのとき会った人々や心情を書き綴ったものだが、ある人に向けて読まれることを前提に書いていて、さらに自身の病とも向き合っていたのか、みずみずしくて儚い詩情にあふれた文章だ。 ここのところ忙しくしていたら、気持ちがくさくさして、なにかに集中することが難しくなっていた。そんな時に『盛岡ノート』を読んだ。彼の目に映った情景はすべて詩になり、85年の時を経て、その詩を読んだ私は私の盛岡の情景を思い浮かべる。良い時間だった。 いまはきっといちめん雪景色の、私の知らない盛岡だろう。
あなたたちの 雪のなかの幸福を祈りながら 青い花の咲く美しい五月になったら また訪れる約束をしよう
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