絵本『ちいさい舟』原画展

二年前、生家の建て替えに伴う解体工事が始まりました。家の奥深くに仕舞われていたモノが放り出され、屋根や壁が剥がされ次第にあらわになる家の構造を見ていると、古い記憶や思い出までもが剥き出しになり、放散されていくような気がしました。

解体中、屋根裏から舟が出てきたといいます。私はこの舟に乗ったことがありません。見たことさえあったかどうか、記憶も定かではありません。ですが、頭上に舟があることに気づかず暮らしていたと思うと少し愉快な気持ちがしました。そして、いつか使うかもしれないと、なんでも捨てずに置いていた両親の暮らしぶりを懐かしく思い、その不在が色濃く現れるのを感じました。

私の暮らす京都市伏見区は、万葉集にも歌われた巨椋池周辺の横大路沼に接していました。巨椋池は水害と治水工事を繰り返し、昭和の干拓事業で今は記録にのこるのみになりましたが、古い家には水害時用に舟を棄てずに備えていたのでした。出番がなかったということは、穏やかな年月が何十年も続いた裏付けでもあります。

そして、もっと昔、自分の生まれる前は日常的に舟が行き来していたのだろう。

移動手段や漁の道具として穏やかな日々に舟が活用されていたのだろう。

ちいさい舟は、大きな時間の流れと変容の続きに現在があることを実感させるものでした。

昔むかし、このあたりには川が流れててね…

遠くの山まで見渡せてね…

『ちいさい舟』が、そんな風に、大人から子どもへ、それぞれの昔ばなしが語られるきっかけになればこんなに嬉しいことはありません。

絵本『ちいさい舟』について

「舟」の作品は、鉛筆やアクリル絵の具で描かれた絵画で、作者 熊谷誠の生まれ育った家の解体からインスピレーションを得たシリーズです。この「舟」によって、これまで制作してきた「家」や「日の出」といった一連の作品をもあわせて、ひとつの物語を紡ぎだしました。

 生家が解体される際、屋根裏から、一艘のちいさい舟があらわれました。

 昔々、この辺りには大きな沼があったのです。ある年の大水で、家の半分が水に浸かったこともありました。ゆっくりと景色は変わり続け、気がつけば地形も暮らし方もずいぶんと変化してきました。

 時々不意に現れる災害の痕跡と、当時の暮らしに思いをめぐらし、語り継がれる物語と忘れ去られる物語の続きにある今日をまた、生きようと思うのです。

(版元のウェブサイトより引用)

開催概要

  • 日時:2024年8月23日(金)~9月23日(月)※会期延長しました
  • 営業:金・土・日・月 12:00 – 19:00 (火水木・定休)
  • 会場:本屋・生活綴方 横浜市港北区菊名1−7−8 東急東横線・妙蓮寺駅徒歩2分
  • 入場料:無料

プロフィール

熊谷 誠 (くまがい まこと) (画)

京都市在住。京都精華大学芸術学部版画専攻 同大学院卒。版画、オブジェ、絵画作品を制作。国内外で個展、グループ展多数。パブリックコレクション:京都文化博物館、兵庫県立近代美術館、町田市立国際版画美術館、岐阜県付知町ほか